丸く、平和なホットケーキ

「料理は下手だが、作ることはできる」シリーズ
ホットケーキは何かを象徴して丸いのか、丸いから象徴してしまうのか。


 理由はもう忘れてしまったほど些細なことだ。わたしは配偶者さんと喧嘩をした。部屋の電気を消して毛布をかぶり、その暗闇の中で彼の言った言葉や態度がいくつも思い出しては、繰り返し腹を立てた。そこへ彼が一枚の大皿を持って入ってきた。「これ好きだったよね。お腹すいてるよね」。廊下の灯りに浮かび上がったのは、丸くて分厚い、巨大なホットケーキだ。
 そうだ。たっぷりのバターと少しのメープルシロップで食べるホットケーキが、わたしは大好きだ。
 それは父の味なのである。実家の父は、日曜のたびにホットケーキを焼いた。わたしはその匂いで焼け具合を知り、ベッドを飛び出したものだ。
 市販のホットケーキミックスを使うのだから、父の味ではなく、製品の味ではという話もあるが、父は裏に書いてあるレシピそのままなんてことはしなかった。卵は倍入れ、砂糖を少しだけ加え、水でいいと書いてあっても頑なに牛乳を使った。そして丁寧な焼き方によって、市販品とは思えないリッチな風合いの生地を作るのだ。わたしはそれを父の味として記憶し、毎回添えられていたグレープフルーツとともに、日曜の遅い朝を思い出すのであった。
 そんな脈絡をもって、喧嘩の最中に遠い実家の父を思い、あれを後何回食べることができるのだろうとふいに悲しくなったりもした。
 お皿を前にして、なかなか動かないわたしのために、彼がホットケーキを食べやすい大きさに切り分けてくれた。わたしはそれに、ぶすりとフォークを刺し、半分寝転がったまま食べ始めた。
 ぽわわーんと、口中に懐かしい味が広がる、ことはなかった。ここで裏面を覗いたら喧嘩がひどくなるだろうかと少し興味がわいた。表もやや焦げではあるが、裏はもっと真っ黒に焦げているに違いなかったのだ。喋るのが億劫だったので黙々と食べた。彼も焦げたことに関して、一切言い訳しなかった。
 時々炭のような味がしても、ホットケーキの思い出と丸さに免じて許すことにした。ホットケーキは何かを象徴して丸いのか、丸いから象徴してしまうのか。お腹が満たされるにつれ、気持ちだって段々丸くなる。
 わたしは罠にはまったのだろうか。
 今度の休日に、まともなホットケーキを作ろう。目指せ、父の味。そんなことを思いながら、三回に一回は、フォークを彼の口に運ぶのだった。

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