女王と下僕
女の子に惚れていた。
中学時代のほんの一時期、同年代の男の子の幼さ未熟さを馬鹿にしていた頃のことだ。
その子は、何があっても動揺しなかった。成績が抜群に良いわけではなく、運動も容姿も十人並みだ。でもわたしは何においても彼女に勝てないだろうと思った。背は低いが声は大きく、歌が上手だった。一人称は「オレ」で、命令口調でモノを言うくせに、細かいところによく気が付く性格だった。そこに惚れたのではない。おそらくはほとんどの人が、本能的に敗北したと思う。同性であるという障害も簡単に敗北した。彼女の前に出ると自分を良く見せたくて、人は返っておどおどとした。彼女は動物で言えばライオンで、存在だけで勝者になれた。
一度だけ、彼女とひとつの傘に入って、歩いたことがある。
わたしはどうでも良いことを次から次へ話した。彼女は赤い傘で帰ったあの道のことを何も記憶していないに違いない。わたしは取るに足らない存在だったからだ。今ではそれが救いである。
思い出すたびに羞恥で、あ、と声が出る。
彼女の傘に入れてもらえたことが嬉しくて、自分を面白い人間に見せたかった。そして話してしまったのだ。ある夜に見た夢のことを。
誰もいない教室だった。彼女は座っていて、わたしは立っていた。制服は夏服で、スカートはふたりとも膝より少し上ぐらい。口喧嘩ができるほどに親しかった。いくつかの口論の後、斜めに差込む日差しに顔をしかめながら、わたしたちはゆっくりキスをした。
中学生のわたしにとって、その夢はとてつもなく官能的であった。笑い話にしたつもりだが、彼女はどう思っただろう。
あの時は言わなかったが、夢には続きがあった。下駄箱と帰り道で、何度もキスをしたのだ。
一番懐かしく、恥ずかしいのは自分の衝動だ。本当は、あの傘の下でそれの再現を願っていた。手も触れない下僕のくせに。