勘違い女と幸せ
本を読まなければ良かった、と思うことがある。
たくさんの本を読めば、たくさんのことを悩めるようになり、たくさんのことを考え込み、ひとつ解決しても待ってましたと次が来る。想像の翼は止まらない。本を読めば読むほど、人は不幸になるのだ。
とある勘違い女の話をしよう。自分には才能があり、誰からも好かれていて、容姿もまあまあ、何を言われても「まちがっちゃった〜」で済ませることができると思っている三十路の女だ。
彼女はいつも幸せそうである。周囲は呆れかえっているのだが、その雰囲気を感じ取る力がないため、幸福は壊されることがない。思うにただ頭が悪いだけではない。何らか能力が足らない。おそらくは想像力に類するもの。それは読書で育てることができるものだ。人の人生や感情、思想を追体験できる一番身近なツールなのだから。
ああはなりたくない、と彼女を見てると思う。反面教師となる。しかし彼女は、幸せ度合いでいけば、誰よりも先生になれる素質を持っていそうではないか。勘違いだとしても、いつだって楽観的で、いつだって幸福そうだ。たまに悩んでいるときも、不幸だ不幸だと主張するので、優しい誰かがつい慰めてしまい、そこで彼女の不幸はオシマイなのである。ああ、幸福先生! 反面教師ではなく、れっきとした教師なのではないか!
わたしも幸せになりたい。雰囲気も人の感情なんてどうでもいい。想像力を持ってしまったのがいけないのだ。本を読んでしまったのがいけないのだ。先生、どうすれば良いですか。だが、勘違い女は自分が幸福のスペシャリストであることを知ることができない。幸福は無知の上に成り立っている。そしてわたしは時間を戻す方法を知らないから、本を読む以前の幸福を取り戻せない。
勘違い女が苛立たしいのは、嫉妬からなのかもしれない。幸福!
2.18th,2006 at 14:55
勘違い女か。私もそっちの部類にはいるかも。(被害妄想だし、根暗だし)でも、明るい勘違い女は見ていて気持ちいいような気がします。(すきかどうかさてあれ)
3.10th,2006 at 21:32
通りがかりのものです。
仕事の緊密な同僚がまさに三十路の勘違い女です。しかも年上で、仕事もできないのにいろいろ勘違いなさっています。
いや本当にこわいですよ。本当にいっしょにいてこっちが恥ずかしくなるくらいの勘違いっぷりです。もう少し仕事上距離があれば笑って見てられるのですが、困ったものです。
でも幸せな人ですよ。まったく。
3.10th,2006 at 21:33
通りがかりのものです。
仕事の緊密な同僚がまさに三十路の勘違い女です。しかも年上で、仕事もできないのにいろいろ勘違いなさっています。
いや本当にこわいですよ。本当にいっしょにいてこっちが恥ずかしくなるくらいの勘違いっぷりです。もう少し仕事上距離があれば笑って見てられるのですが、困ったものです。
でも幸せな人ですよ。まったく。