ぎりぎり女のギリギリ人生

ぎりぎり女の称号を返上したい、なんて、常に思ってはいるのです……


 わたしはぎりぎり女である。
 待ち合わせがあれば、ぎりぎりに準備を始め、ぎりぎりの電車に乗り、ぎりぎりの時間に目的地に着く。余裕を持って準備しようと張り切っているときも、化粧や服装が念入りになるだけで、家を出るのは結局ぎりぎり。
 仕事でもそうだ。納品はいつでも締め切り直前。焦りに焦ってトランス状態になり、日頃に無いパワーや発想が得られることもあるが、それは結果論である。余裕を持って作業をしていればもっと良いものができたかもしれないのだ。ぎりぎり女の称号を返上したいと常に思ってはいるが、改善のため努力を始めるのもぎりぎりであり、ぎりぎり以外の結果は生み出されない。
 計画性がなく、人から信頼されない。直感勝負の行き当たりばったり。継続という言葉は辞書にもDNAにも書いてない。それがぎりぎり女の特徴だ。良い点を無理矢理あげるとすれば、人の遅刻に腹を立てない寛容さが持てることだろうか。
 と、書いたところで思い出したが、高校生の頃、友達を本屋で二時間待たせたことがある。余談だが、本屋を待ち合わせ場所に使うのは、わたしのせめてもの償いであり逃げ道でもある。彼女は怒らなかった。寝てましたすみませんと謝るわたしに、「そんなことだろうと思った」と笑うのだ。後光が見えた。ランチをおごるぐらいで許される遅刻ではないのに。彼女はいつも約束の時間より前に待ち合わせ場所に現れる人である。なんということだ。ぎりぎり女でも無いのにおそろしいほどの寛容さ!
 現在も彼女は、専門学校を出て勤めた職場にずっと働いて無駄に引越しなどもせず、まっとうに生きている。転職と転居を繰り返し、大貧民になって五ヶ月も家賃を滞納したことのあるわたしとは雲泥の差である。
 ぎりぎり女である限り、ぎりぎりの人生を歩むしかないのか。なんて嘆いてみても自業自得。ぎりぎりのところで涙も出ないなら、ぎりぎりの努力を重ねながら、ギリギリ歯ぎしりでもしていよう。

2 Responses to “ぎりぎり女のギリギリ人生”

  1. Says:

    >DNAにも書いてない
    グサッと来たかも(笑)
    DNAかなり近いからね。

    覚えてるかな?
    私たちの母親も授業参観とか運動会とかギリっギリに来てたよね。
    思い出して笑っちゃったー
    あの頃は「なんでもっと早く来てくれないの?!」って思ってなかった?

  2. たかこ Says:

    わはーーーー!
    お母さんからもらった遺伝子に書いてあったのかそうか……。
    確かにいつも来るのか来ないのかハラハラしたねw 運動会もお昼前ぎりぎりに来たり!

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