せめて小説の中では
[ 1-1. 日記 ]
現実が、すべて最終的にバッドエンドならば、せめて小説の中ではハッピーエンドを書いていこう。希望のまったくない状態で終わらせるなんて、そんなことして何になる。
ところで、わたしはやはり時間を作るために、「実績的には良いのだけど、面白くなさそうな仕事」を1件断ることにした。へへへーだ。
[ 1-1. 日記 ]
現実が、すべて最終的にバッドエンドならば、せめて小説の中ではハッピーエンドを書いていこう。希望のまったくない状態で終わらせるなんて、そんなことして何になる。
ところで、わたしはやはり時間を作るために、「実績的には良いのだけど、面白くなさそうな仕事」を1件断ることにした。へへへーだ。
[ 1-1. 日記 ]
母方の祖母が天国へいきました。水曜日の夜のことです。だから木曜日から日曜日までは九州へ行っておりました。
亡くなったとの知らせは急で、真実味がなくて、現実味がなくて、わたしはぼうっとお蕎麦を食べ続けました。しばらくすると祖母がいなくなったという悲しみではなく、母の気持ちのほうが迫ってきた。祖母と一緒に暮らしていた母のつらさ。発見者である母のつらさ。
ベッドに入って電気を消すと、祖母や母や思い出や未来、いろいろが頭の中に渦巻いて、どうしようもなかったので、眠れる薬を飲んだ。
近しい人の死に接するというのは、思うよりずっとつらかった。
お葬式の朝、祖母の旅支度を手伝った。冷えた手足に白いすね当てなどをしてあげる。祖母は白い綺麗な肌をしていた。わたしは、前日から祖母のそばで夜中起きていたので、あまり脳が働かず、その瞬間哀しみの自覚もなかったのに、涙がたくさん出てきた。
わたしは失踪したいと思った。好きな人が死んだという知らせを聞かなくて良いように、「きっと元気に生きている」と思い続けていられるように何の便りも届かないところへ行きたい。
いつか、わたしや、両親、姉家族、親戚、友人知人、パセリ、よもぎ、誰もが死んでしまう。いつ、どこで、どうやってかはわからない。予告もない。覚悟もできない。みんな永遠に生きてるような気がする。
祖母の逝去の知らせが届く前日、以前、知人が飼っていた桜という猫が亡くなったというメールが届いた。まだ寿命というにはあまりに早い。
みんな永遠には生きられない。あと何年か、何十年か、どちらにしてもその短さに改めて驚く。
誰かが死ぬとき、絶対的に悲しいのだから、人類にハッピーエンドは永遠にないのだ。
[ 1-1. 日記 ]
[ 1-1. 日記 ]