2006年 05月

ベランダで大根を育てていた

それはディープな話題であったので、茶化してもらって助かったのかもしれない。
過去の話のように語ったそれは、つい先日起こったことだし、
つい数日後に起こるかもしれないことだ。

4月に思うのは、5月になったら気持ちが楽になると。
5月に思うのは、6月になったら呼吸が楽になると。
6月に思うのは、7月になったら生まれ変わると。

人生に期待すべきか否かというのは、永遠の課題である。
誰かに何かしてほしいというような甘えを除去していって、残った期待って、シンプルに、自分への期待なのだけど、そうやって未来を考えることに、ちょっと間違いがあるような気がする。
正しい期待と、正しくない期待があるのか?

目下の問題は、7月まで、つぶれずにいられるかということだ。
せめてどこかの世界に安楽があればと思う。
それから先のことはあまり、考えていない。

 
状況を知る人はいないのだよ。
それも正しいことかどうかは、わからない。

夢の中では、なんか、ベランダで大根を育てていました。
許されるなら、ずっとずっと眠って6月を過ごしたい。
誰も表面を撫でていくだけだ。

わたしも、感情の話を、感情的なところをできるだけ除いて書こうとしている。
みんな同じ。

どうか。

きみが平穏に生きていけますように。
興奮も向上もある、充実した日々を送れますように。
友人や師にめぐまれ、人々とまっすぐ歩いていけますように。
毎日の新しい発見を喜べますように。
深く安らいだ睡眠が訪れますように。
きみがいつも笑顔で、幸せでいますように。

おつかれさまです。

ひとだんらく致しました。
もちろん月曜にも締め切りはあるのだけど。一番きついの、越えた。

いつ眠って、いつ起きたのか知らないけど、6時間くらい寝たような気分だ。
そうして、やっと人々のやさしさがしみてきた。
生かされているなあ。
メッセの名前を変えて励ましてくれたり、グリーティングカードをくれたり、寝なさいと言ってくれたり、がんばれと言ってくれたり、言わずにいてくれたり、仕事のやり方アドバイスくれたり、ちょっと笑わせてくれたり、こんな独白日記にコメントくれたりね。読んでくれるだけで嬉しいって知っていましたか。
みんな忙しいのに、それぞれの時間を少しだけ割いて、少しだけ気にかけてくれた。
わたしのことを気にかけているのではなく、わたしに出している仕事のことを気にかけていた人もいるだろう。それでもありがたいと思う。もう仕事とわたしは一心同体でいいよね。

メッセくれる人が、みな、「生きてる?」と聞くのが、ちょっと、面白かった。

途中、ほんとに、意識がとおのいて、死ぬかと思った。
死ぬわけなんてなくて、強制睡眠ぐらいなのだろうけど、わたしは怖かった。
誰が、いったい何日後に発見してくれるだろうか、って考えてた。わたしが死んだら、猫さまたちは、どうなるだろうって。

たぶん、「連絡がつかない、おかしい」って、2、3日後ぐらいから人々の話題にのぼって、5日以内には発見してくれるだろう。
そう考えると、締め切りだらけの生活も悪くない。

やさしいなあ。
この受けたやさしさを、どう返せばいいのかな。
ありがとう。

いったいこれは

いったいこれは何の罰ゲームなのでしょう。
みたいなことになっていますね。神様。
何の? って、わかっています。神様。

(でも本当はわからないのかもしれません。)

試練ではなく、罰ゲームです。
試練だったら乗り越えたところに、良いことがありそうなのだが!

ほんのわずかの睡眠時間に、何か怖い夢を見た。
罰ゲーム中のわたしには、夢でさえ、厳しい現実なのだった。

こういう状態から脱するのって、どうするのだったかな!
うーむ。忘れてしまった!!

さらに。

明日朝までっていうお仕事も有ります。
1時間くらい、うとうとしましたが、体調は復活しません。
せめて3時間寝ようか?
朝まで作業する体力を取り戻すためには、それしかないが、自分が次に元気になれるときはいつって聞かれたら、何も言えない。

お仕事で手助けしてくれた方が、2名いて、ものすごく、感謝している。
助けられて生きているのだと思う。
だけど、生きている気がしないからどうしようか。

はやく人間になりたい。

きちんと食べて、きちんと寝て、きちんと伝えないと、どこまでも落ちていく自信がある。