雨が降っていたし
[ 1-1. 日記 ]
don’t wake me I plan on sleeping in …
という感じの一日を過ごしました。
ホットケーキ食べてお風呂入ったら、日常に戻れるかなー。
[ 1-1. 日記 ]
don’t wake me I plan on sleeping in …
という感じの一日を過ごしました。
ホットケーキ食べてお風呂入ったら、日常に戻れるかなー。
[ 1-1. 日記 ]
もののけ姫のアシタカかっこいいよね!
千と千尋のハクもすごい良い!
という話をしていたら、その人がハウルのDVDを持っているというのでお借りした。ありがとう!
だがうちにはDVDを見る術がない。
幾日か、傍らにそのDVDを置いたまま仕事をしているのだが、刻々と観たい度があがっていってタマランのである。
誰かが言った。
「プレステ買えばいいよ」
それって、大きくて薄いテレビも欲しくなるから、かなりの危険思想。
他の選択肢としては、DVDがついているけど壊れているPCを修理する、という現実的なもの。
だが、PCで観るのか、と思うと、DELLの
【1】優れた省スペース性を実現したビジネスデスクPC!
広い作業領域の19インチ液晶モニタ付で52,980円!
こんなことが書かれているメルマガに負けそうになる。
19インチモニタがあれば、狭いこの事務所スペースでは、プロジェクタ代わりに十分使えるし。
ファイルサーバや音楽用のPCとして使えるのは素敵だ。リモートで自分のデスクトップから動かせるようにしたい、とか夢が膨らむ。
今日は雨が降っているね。空気がちょっと秋みたいだ。
何の日か知らないけれど休日なのだって。本当? まだ信じられない。三連休を知らなかったわたしには、連休の最終日なんかではなく、ただいきなり落ちてきた贈り物のような休日である。光の届かない海底に沈んでいたいような雨の休日だ。世界中の人間がほっと息をつける一日だといいね。吐き出した息に含まれた様々を、雨がさらってゆくのだ。
ベッドで少し読書してから、仕事を始めようと思う。
[ 1-1. 日記 ]
がんばらないようにと、自分に声をかける。今日は仕事しないでいいよ、声をかける。ふぁいとー、声をかける。リラックス! 声をかける。
【今日食べたもの】
・昨日買ったけど食べなかったコンビニオニギリ (1個)。
・リンゴ(1個)・バナナ(1本)・ニンジン(1本)のジュース。微妙な味になった。
・事務所開きの時、誰かが買ってきたエダマメスナック(小1袋)。
・水(1Lぐらい)
・コーヒー(2杯)
食べないと、確かにやせるけど、その代わりの体調不良・肌荒れはとんでもないと思う。だから、これはわざとやっているわけではない。ダイエットしているわけではなくて、単に食欲が無い。ダイエットはわたしは運動でやりたい。
栄養補給のためにも野菜ジュース作戦だーと思ったら、モロヘイヤがちょっとあやしくなっていたので、野菜がニンジンだけになった。ニンジンって確かビタミンCと一緒に食べたら意味ないのではなかったか?
とりあえず、サプリメント食べよう。
【今日買ってきた食べ物】
・プレーンヨーグルト
・まるごと絞った本物系のジュース(りんご、ブルーベリー、クランベリー)。野菜ジュースに混ぜようと目論んでいる。
・有機牛乳(有機とかって言葉に弱い消費者)
・パスタ麺(500g)
・バジルソース(まぜるだけの)
野菜ジュース、野菜ジュースて、言うておるが、野菜買うの忘れたようだ。
夏の野菜って、あんまり栄養ないよね。キュウリとかナスとか。あ。トマトはあるか。
わたしは健康になりたい。
[ 1-1. 日記 ]
おつかれさまー
「おつかれさま」って言葉を言っては駄目、って、自己啓発系な人たちは言うけど、わたしはこの言葉嫌いではないな。
なんか今日ほとんど食べてないけど、食欲無いのはやはりこの暑さのせいか。
それとも、もっと痩せないと駄目って言われたの気にしているんかな。でも昨日はちゃんと食べてたような気がするので、単に今日は疲れただけかも。
朝は時間がなかっただけだし、昼はなんかわくわく感でいっぱいで入らなくて、夜はオドオドしていたし、今はなんか疲れているだけだ。今日は頑張ったよ。うん。
うーん。頑張った。うん。
桃でも食べよう。わたしは果物が大好きだ。
これからは、頑張らないことを、頑張らないとね。
[ 1-1. 日記 ]
変わらないのだろうと。
誰に何を話したとて、誰に何を話さずとて、悩むことも終わらないし、この無力感も。
それとも変わるのか。
時折この、「もんもんとした感じ」を自分で無理やり吹き飛ばすんだけど、戻ってくるよね。
無力感を減らすために、小説を書いたり、Webを作ったりしているのだろうか。自分の足を地につけるために、あるいは空に浮かぶために物語を容れているのは知っているけど。
すべて自己解決という姿勢が、正しいのか間違っているのか。
ああ、そうだった。「正しい」ことなどないのだから、論点を変えるべきだ。
人に自分のことと話すというのは、どういう意味があるのだろう。
一般論だけは、何があっても聞きたくないけど、一般論や正論の好きな人々にはわたしは違う話題をふるだろう。もともと自分のことを話すのは得意じゃないし、相手のことを知りたいと思うし、わたしはわたしのする幾つもの質問やリアクションの中でわたしのことを伝えることができると思っている。
話したいなら話す。話したくないなら話さない。そんなシンプルだと良いのだが、実際には相手がいる話だから、聞きたくないと思っている人には話すことができない。自分が興味深い人間ではないというのが問題なのだろう。
一番難しいのは自分の価値を信じることだ。
これはわたしの命題。解決されるときが来るのかなあ!
今日は、この自宅事務所で、ひそやかな事務所開きがある。
招待したほとんどの人は都合をつけて来てくれるみたいで、わたしはひとりでおろおろしている。どう、恩返しをしたら良いのだ。わたしはわたしのために、人が何かしら動いてくれることに、感謝と恐怖を、同じくらいの大きさで持っている。ありがとう、と、ごめんなさい、だ。
ごめんなさい、なんて誰も聞きたくないことだって知っているのに。