2006年 07月

脱出に向けた一週間の始まりの日

今週いっぱいで、ハードすぎる仕事の状態から抜け出せるのではと、気付いた!
あーーーーー。がんばろ。
本日は恐ろしくハードな月曜なので、時々、大声で歌ったり踊ったりしながら仕事をしている。早くカーテン買わなければ、変人とかって近所の噂になってしまう。一応、窓には布をかけているのだが、隙間があるのだね。あるのだわ。あるのです。
なんでわたし、休憩ナシで何時間も何時間も何時間もパソコンに向かって仕事ができるのだろ。あー変態、あー変態。
あ、今日、外を歩いていて、ちょっと本当に自分変態じゃないかと思う出来事があった。たいしたことじゃないですけどね。秘密ですけどね。ふ。
こんなに、変態、変態って書いていると、「変態」で検索に引っかかってしまうかもしれぬね。ひえー。ひえーと思いつつ、「変態」と複合検索するキーワードはなんだろうと、真面目に考えそうになってしまった。ちょっと職業病だろうか。変態とかって、ビッグキーワードだから、こんなブログはひっかからないんですよ。うん。いや、ひっかからなくて歓迎なのですけど!

ああ。また何とも、意味のない日記を書いているじゃないか?
こんななー、むにゃー、読ませてごめん。

もやもやもやもや

自己解決を試みる。散歩に行くにも雨が降っているのか?
うーん。うーん。
もやもや もやもや もやもや もやもや もやもやしていたので、B4サイズのノートみたいなものに絵を描いていた(普段はこれに、仕事のアイデアや図などを書きなぐっている)。
ちょっとはスッキリしたようだ。文章にできないときは絵も良いね。描きながら、あまりの下手さに笑った。人とかね、猫とかね、似顔絵描いても全然似ないのだ。ブッとひとりで吹き出してた。変な人みたいになってた。遠近感とかはなんとか出せるし、コップとかや静物なら見れないことは無い(ような気がする)のだがなあ。
わたしの描くのは、線がやたらと多い。正しい線を探しながら描いているからなんだけど、実際どれが正しいのかは、見る人が脳内で補完してくれというワガママさ加減です。
混沌としているのだ。
(ひょっとしてわたしの脳内が混沌としているのか?)
B4サイズって気持ちが良いね。鉛筆がほしくなりました。

ああ、物語が恋しい。
小説・漫画・映画。すごい飢餓感。

質問

記憶を取捨選択できるとしたら、何を捨てて、何を残す?

世間は七夕だという。

よく、ぼうっと空を見ながら歩いているけれど、引っ越してからは星をほとんど見ていない。
雲のせいなのか、土地のせいなのかはまだわからない。
最後にたくさんの星を見たの、いつだったかな。思い出せない。
いつ、誰と、どこで。そういった記憶を、わたしはどんどん失くしていくみたいだ。残しておく方法はないのかな。感情と、かすかな風景だけが、ちらちらする。

七夕とか星とか花火とか海とか、すごく夏っぽいけれど、今のわたしにはあまりに無縁だなあって思ったら、別に過去のわたしでも変わらなかった。
たとえば去年買った浴衣を、まだ一度も着ていないとか、毎年、蛍を見たいと思いながら実現しないとか。

何年も前に見た、たくさんの蛍がまだ記憶にあった。
福岡のどこか田舎のほう。川辺に丈の高い草が生い茂って、雨上がりで空気が重く湿って、街灯もなく、家もなく、濃い闇夜だった。
少しの蛍を見つけては、車を止めてみんなで歩いた。風で草が鳴ってた。蛍は歩くほどに増えた。そのときわたしには好きな人がいたのだけど、そこに、その人はいなかったから、蛍たちが綺麗であるほど哀しかった。星と同じくらいの数の蛍だ。

全部、忘れてしまうかもしれないというのは、哀しいことだな。

わからなかった

真剣に考えればわかるはずだと聞いたから、ほんと真剣に考えたけれど、途中で脱線して自分のこと考えたりしてね、結局わからなかったんだ。
占い師が自分のことを占えないように、邪心が入ると、まともに自分のことも、人のことも判断できなくなる。
わたしが未熟なのか、問題が難しいのか。
どっちでも同じか。
どちらにしろ無力。「何」かがあったはずなんだけど、「何」なのか、わたしはわからなかった。

おやすみ。どうか幸福な夢を。

眠る前にそっと何かを祈っている人たちは、皆、自分の無力を知っているのかもしれないね。