ベランダで大根を育てていた

それはディープな話題であったので、茶化してもらって助かったのかもしれない。
過去の話のように語ったそれは、つい先日起こったことだし、
つい数日後に起こるかもしれないことだ。

4月に思うのは、5月になったら気持ちが楽になると。
5月に思うのは、6月になったら呼吸が楽になると。
6月に思うのは、7月になったら生まれ変わると。

人生に期待すべきか否かというのは、永遠の課題である。
誰かに何かしてほしいというような甘えを除去していって、残った期待って、シンプルに、自分への期待なのだけど、そうやって未来を考えることに、ちょっと間違いがあるような気がする。
正しい期待と、正しくない期待があるのか?

目下の問題は、7月まで、つぶれずにいられるかということだ。
せめてどこかの世界に安楽があればと思う。
それから先のことはあまり、考えていない。

 
状況を知る人はいないのだよ。
それも正しいことかどうかは、わからない。

夢の中では、なんか、ベランダで大根を育てていました。
許されるなら、ずっとずっと眠って6月を過ごしたい。
誰も表面を撫でていくだけだ。

わたしも、感情の話を、感情的なところをできるだけ除いて書こうとしている。
みんな同じ。

3 Responses to “ベランダで大根を育てていた”

  1. かが Says:

    えーと。
    「ベランダで大根を育てる」話とまったく関係ないのだけれども、例の横顔の写真についている文字が、毎回違うような気がするけど、文字だけ変えることなんて出来るの?

    ついでに文字の入れ方も簡単なら教えて……。
    自分への期待、未来への期待は、答えるのが難しいですね。それは、尺度がひとつじゃないからです。自分に何も期待しないことが別に悪いことだと思わないし、期待しなければ生きていけないというものでもないし、まあ一生、ああだこうだと言いながら、過ごしていくということになるのですかなあ。

    私ももう達観しております(笑)

  2. みつえもん Says:

    感情的なところを出して書いて行きたいと思います。

  3. takako Says:

    ●かがさん
    横顔のとこの、文字は、写真加工するソフトを使って書き換えているですー。
    写真加工するソフトなら、たいてい文字入れもできるのではないかな?
    わたしはたいてい、お仕事中にそういったソフト(PhotoshopとかFireworksとか)を立ち上げているので、ついでにやって、さくっと更新しています。ああいう遊びがわたしの息抜きw
    それにしても、うーん。
    こうやって、一生、ああだこうだ、過ごしていくのですねー。一生か。長いな!
    んー。達観したい!笑

    ●みつえもんさん
    そーーーれーーーがーーーいーーーいーーー

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