好きです。会いたいです。

そんな言葉を言われるようになっても、それが本当だと思うことが難しい。瞬間的には真実であっても、それが続くということが信じられない。
まっこうから疑うのは悪いから、笑って話をそらしてみたり、好きの内容について問うてみたりする。

精神的な交流って何だろう。

人を好きだと思ったときに、理解したいと思い、そこに何かがあると信じる。でも何もなかったらどうすればいいんだろう。わたしが持っていて大切にしているものを、相手が持っていない場合があるかもしれない。
そうしたら交流も何もない。

わたしを好きだというその人が、わたしと言葉の通じない人間である可能性について考える。
心を開くことを、相手が望んでいない場合、わたしは決して開かれない。心と頭と体はそれぞれ別のものだ。
その人に「会いたい」とわたしが思うとき、それは頭で思っているのかもしれない。
心が開かれるまでは、体が開かれることもない。

その人がわたしに「好きです」と言うとき、それは頭なのか心なのか。
代替がきくものなら、他の人にしてほしい。

「悲しい」とか「切ない」とか「寂しい」とか、泣けてくるような感情がみたい。
どうしようもないところを見せてくれたら、ちゃんと好きになれるかもしれない。

7 Responses to “好きです。会いたいです。”

  1. みっちー Says:

    言われてみたいものです。

  2. takako Says:

    言われてみるのも良いが、言ってみるのも良いかもですよ。

  3. みっちー Says:

    会いたいです。

    って言うまではいいんだけどね。その後も会いたいっていう気持ちが続くということが信じられないのです。

  4. takako Says:

    わかる気がする。

    なんか、未来の不幸を思うと、
    何もかも嫌になってしまいます。

    信じるのって難しい。

  5. みっちー Says:

    未来はきっと不幸じゃないって!
    気持ちがすれ違うのは予定されてるのかも知れないけれど。

    だからいろんなことは全部一時的なことだと思うことにしました。

  6. takako Says:

    一時的かーーー。
    それは、いいことも悪いことも?

  7. みっちー Says:

    そ、いいことも悪いことも。

    パソコンと一緒かも、一時ファイルを後生大事に取っておくと不具合の原因に。。。(今思いついたので例えとしては微妙かな)

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