[ 1-1. 日記 ]
「ごめんなさい」
「わかりました」
で、話が終了することはほとんどなくて、その場ではほとんどの人が、アキラメナイというのだけど、あれは社交辞令なのでしょうか。
たいていの人たちは、何ヶ月もたたないうちに、感情を失っていると思うのです。
・その時は本当にそう思っている
・そう言わないと、おさまりがつかない
・ある意味キープ
なんだろうなあ。
わたしだったらどう言うのだろう。失恋したとき。
仕方ないなー、あはは、と笑うかもしれない。
あるいは何も言えなくなるに1票。
2006年12月30日(土) 18:12 | コメント(4)
[ 1-1. 日記 ]
まーたー。
自分のことでいっぱいいっぱいになって、人の優しさを受け取れなくなっていた。
いけませんね。
自分のことをちょっと忘れて、人の立場に立てば良い。そうしたら、行動の理由とか目的とかいろいろをきちんと想像できる。
わたしの場合、木を見ないで森ばっかり見る、ぐらいの大きな視点がないとダメだ。
主観を全部すてることはできないが、努力しないと全部ダメにしてしまいそうだ。
いろんな衝動がある。
感情は薄め、のふりしているけど、感情で生きているのが人間というものだ。
危ういなあーもう。
完全を目指すのが間違っているというのはわかるけど、では、完全を目指さなくてそのままで良い? 本当にこのままで良いのか? だめだよきっと。
2006年12月26日(火) 13:46 | コメント(5)
[ 1-1. 日記 ]
何か不安定だと、本当に怖い夢ばっかり見るね。
あと、夢の中で何がつらいって、声が出ないんだよね。
叫んでも、叫んでも。
誰にも届きません。
先日、某社の忘年会で、どんな人がタイプですかと聞かれたので、「天才」とか「ジョニー・デップ」とか答えましたが、その人が言うには、
「普通の人と恋愛したほうが幸せになれると思うよ」
とのことです。
普通の人ってどんな人?
普通の人と恋愛すると何が良いの?
2006年12月17日(日) 23:41 | コメント(5)
[ 1-1. 日記 ]
いつも向こう側にいるような人が、ときおり、同じフィールドに立ってくれていると感じることがある。こちら側に。手をのばしたら届くと思える。
相手の変化なのか、自分の変化なのかわからないけれど、とても嬉しい。
わたしは状況を覚えておくのが下手なので、どういうきっかけで、どういうシチュエーションで、そうなるのかを分析することができない。
そして気がつくと、また向こう側に行っちゃっているんだよね。
2006年12月4日(月) 06:41 | コメント(2)
[ 1-1. 日記 ]
暇なわけでもないけれど、つまらなくて死にそう。どこか行きたい! と、思ったわけです。
でも行きたいところが考え付かなくて、長い間、デスクにつっぷして悶々としていた。
本当はNYへ行きたかったのだけど、計画性のないわたしには無理な相談であった。前日に思いついてふらりと行けるような財力と自由、もしくは計画好きの友人がないとどうしようもないようだ。
というわけで国内である。
一緒に旅行にいけるほど仲の良い友人たちは遠くに住んでいるので、ひとり旅を想定。さて、どこに行こう。どこに行きたい?
わからない。
どこに行っても楽しそうに思えない。
ひとりで家で過ごすのは好きなのに、ひとりで外にいることは苦手なのかもしれない。買い物とかはひとりで行く派なのだけどなあ。
感動が伴うものは、誰かと共有したい、ということなのかもしれない。
しばらくして、ようやく一箇所思いついた。北のほう。つられてもうひとつ、南のほう。そしてお風呂でさらにひとつ北か西のほう。
誰かに会いにいくか、何か目的物があるかでないと、本当にダメのようだ。
つまらなくて死にそう、というか、自分がつまらない人間なので死にそうだよね。死なないけど、感情としてね。
2006年12月2日(土) 00:40 | コメントする